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2008年8月11日 (月)

「眼鏡」「墓を掘り返す」(峯岸可弥)

  みねぎしはいいヤツかわるいヤツかと聞かれたら、みねぎしを知るものはだれもがこう答えるだろう。「みねぎしはいいヤツだ」と。しかしみねぎしはダメなヤツかダメじゃないヤツかと聞かれれば、だれもがこう答えるだろう。「みねぎしはダメなヤツだ」と。
  たとえばどうダメかといえば、今回、みねぎしにゲラを確認していただく必要があったのだが、たったそれだけのことが、こと、みねぎし相手となると、大仕事なのだ。
  まずゲラをFAXしたいからFAX番号をたずねるメールを出したが、返信がない。しかたがないので電話をしたが、電話には出ない。返信もない。しかたがないのでゲラの画像を添付してメールしたが、もちろん返事はない。いいかげんしめ切りなので、修正はないものとしてそのまま進める由メールしたが、当然のように、これにも返事はない。
  ずいぶんあとになってシャルロットのライブで会ったときにみねぎしが言うには「ほんとうわぁ、いっかしょぉ、なおしたいとこがぁ、あったんだけどもぉ、まぁいっかぁ」だと。ははは。
  しかしながら、そんな苦労があったとしても、掲載したいだけの魅力がみねぎし作品にはある。人間はいかにダメダメでも、作品はダメどころかすばらしいから不思議である。
  今回提供いただいた「眼鏡」は500文字の心臓第9回競作の投稿作。松本楽志、タカスギシンタロ、たなかなつみ、本間祐らの票を集めて堂々の正選に選ばれた作品だ。「墓を掘り返す」は2003年の500文字の心臓トーナメントで、対戦相手に圧勝した作品。くやしいことにタカスギはこのとき◎を与えている。
  「眼鏡」はともかく、「墓を掘り返す」は、今回のテーマ“恐怖”からすると、少々弱いと思われる方もいらっしゃるかも知れない。しかしひとたび微妙にズレながらループする言葉のリズムに捉えられてしまうと、もはやそこから抜け出ることはできないような呪的な力が、この作品にはある。そこには不安とユーモアが入り交じった奇妙な世界が広がっていて、作品世界の美しさに捉えられたものだけが味わうことが出来る、そんな種類の恐怖があるように思うのだ。

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コメント

ブログには、初めて書き込みさせていただきます。
峯岸さんの作風、私も大好きです。直接お会いしたことはないのですが、たった一度だけ心臓に参加した私などを、オフ会に誘ってくださったりするくらいですから、人格も良き方なのだろうと推察しております(ブログを読んでも分かりますが)。
私は、彼の文体にほれ込んでいて、誰も気がついてくれないので、ここに書きますが、bk1で、彼へのリスペクトとして、エルロイ文体ならぬ峯岸文体で、子守歌を書いたくらいですから(現在形と体言止が90パーセント以上の)。
以上、突然失礼いたしました。

ようこそ伊達さま

みねぎし超短編にはけっこう傑作が多いですよね。
でも念のために言っておきますが、ぼくはみねぎしの作風が好きなわけではありません。どちらかというと苦手かなあ。ただ、その苦手を越えて、作品が良いというだけのことです。

> 誰も気がついてくれないので

うーん。ということは、それは峯岸文体ではなかったということなのかも知れませんね。

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