2018年7月23日 (月)

【発表】「もうすぐオトナの超短編」はやみかつとし選(兼題:日常)

■■■超短編20周年記念企画「もうすぐオトナの超短編」はやみかつとし選結果発表

■■総評

 兼題は「日常」でした。「日常」という言葉には、「ありふれていること」「くり返すこと」といったニュアンスが感じられます。超短篇という、限られた文字数をフルに活用し、書かれたことの外縁や書かれていないことを指し示すことで文字数を超えた表現を目指すジャンルにとって、これは今まで積極的に攻めにくい領域だったかと思っています。一方で、すべての物語は普通の日常をもつすべての人に読まれるべく開かれているわけですから、理屈さえつければすべての超短篇は「日常」と接点をもつ、と言い切ることも可能だったはずです。(募集要項はこれもアリという趣旨でした)
 にもかかわらず、多くの作者の方が敢えて「ありふれていること」「くり返すこと」という側面に正面から向き合い、新しい主題、新しい表現を探ってくださったこと(と、私には思えました)、それはすなわち、超短篇の新しい可能性がここに見られるということにほかなりません。そのことを十分に受け止め、できるだけ真摯な選をさせていただく所存です。


■■選考結果

 選は兼題・自由題あわせて行いました。

■最優秀作品
 「今宵は満月」 松岡永子 (自由題部門)

■優秀作品
 「四階角部屋3LDK」 胡乱舎猫支店 (兼題部門)
 「小さな神様」  春名トモコ (兼題部門)
 「アイ・ノウ」 穂坂コウジ (自由題部門)

■佳作
 「Nowhere Man」 穂坂コウジ (兼題部門)
 「綺麗な考え方を」 空虹桜 (兼題部門)
 「エレベーターの恋」 穂坂コウジ (自由題部門)


■■作品へのコメント

■兼題部門

【佳作】 Nowhere Man   穂坂コウジ
> 「何処へ行っても、此処なんだ」

砂の民の語る日常。その砂の民を迎え送り、思いを馳せるのもまた語り手の日常なのでしょう。タイトルはビートルズの有名な曲から取られているので、その歌詞のフレーズを重ねて読むのも面白いと思います。
なお、60文字前後という長さは超短篇のなかでもとりわけラディカルに短い部類で、そのぶん表現効果への先鋭的な意識が問われます。あえて欲を言えば、「明日」という言葉の繰り返しを削って補助線を増やすことで、イメージをもっと遠くへ投擲できるかもしれません。

FOOL’S GOLD   穂坂コウジ
> 高い高いタワーから、一枚のコインが落ちる。

ゴミ山の物色を生業とするスラムの少女の毎日。そこにあるとき、きらきらと輝くコインが落ちてくるのですが、この何気ない事件を描写する筆致に、少女の日常をどこか遠く離れた場所から眺める、醒めた視線を感じます。タイトルもまた、そのことを強調しているようです(黄鉄鉱に代表される、金のように見える安価な鉱物のことだそうです)。どこに作品の視点を据えるかは微妙な問題ですが、個人的には更に少女の視線の高さまで降りていくことで表現できたものがあるように思いました。おそらく、格差という残酷な現実を、あえて無慈悲なままストレートに描写することを作者が選んだものと理解しましたが、一方そうした社会問題への視点が、作品の読みの可能性を限定してしまうことも往々にしてあります。これは超短篇の表現領域の拡大にまつわる一つの大きなテーマかと思いますが、その難しさに挑んだ意欲的な作品だと受け止めました。

わらしべ長者   といじま
> キーホルダーを拾った。

敏腕芸能マネージャーの半生記。超短篇において、こうした評伝的な語りは尺に収まり切らず中途半端になりがちですが、この作品は余分な修飾を潔く切り捨てたドライでテンポの良い語り口により、珍しく成功していると思います。ただ、タイトルと結びの部分、いかがでしょうか。確かにわらしべ長者のような物語ではあるのですが、そこに集約させることで、逆に物語を小さくしてしまっているように思えます。

引っ越し後の混乱期   海音寺ジョー
> 上北台に先月引越し、やっと部屋が片付いてきた。

上北台や芝中団地といった具体的な地名が登場するのは超短篇としては珍しく、またそれらは近隣の環境や部屋の状況の描写にリアリティを付加する効果を上げているようです。ただ、作品として成立しているかというと難しいところで、身辺雑記、それも自分自身のみに向けたものにとどまっています。それはおそらく、引っ越してきた部屋の現状について、感想を述べていたり、「?」や「!」の使用によって表現に感情を付加しているためだと思われます。不思議に思われるかもしれませんが、むしろ感情を排して徹底的な客観描写に徹したほうが、描写された対象の生の手触りが読者に伝わるようです。これもまた、短い文芸特有の「解釈を読者に思い切って委ねる」という方法論にかかわる一つの側面かもしれません。

【優秀作品】 四階角部屋3LDK   胡乱舎猫支店
> 「代わりに書いてくれない?」

淡々と描かれる鬱屈した日常、と思いきや普通ではないことが起こっている。そしてそれをも淡々と同じ筆致で描き切る。安部公房の短篇を思わせるシュールで不穏な雰囲気に惹かれました。後半の記述から振り返ると、前半で彼の母親に「根を張られてしまっ」たという表現も、もしや比喩ではなく本当に根を生やしていたのではと思わされます。無機質なタイトルも本文によく合っています。

【佳作】 綺麗な考え方を   空虹桜
> わたしはバカなので、誰かの言ったことを理解するのに時間がかかるし、

「わたしはバカなので」のリフレインを息苦しくなるほどたたみかける硬派な作品。しかし繰り返し読むと、語り手自身が自分をほんとうに「バカ」だと思っているわけではないらしいことが伝わってきます。おそらく、周囲の誰か彼かが「わたし」を「バカ」だと言うので、それに合わせてそういう言い方をしている、つまり「わたしは皆のいうバカだろうから」という意味ではないか、と思えてくるのです。そうなると、初読のときからどことなく他人事とは思えない気がしていたこれらの言葉が、読者である私自身のものでもあるという確信が深まってきます。そう、だから「生きなければならない」のです。

さほど冴えない女の子   空虹桜
> 寝顔を盗撮した。軽くよだれ垂れてる寝顔。

寝顔の彼が彼氏なのか、見ず知らずの好みの顔の男の子なのか、どちらにしてもうまく嵌まらない感じなのが残念です。かわいいエピソードだけに、もう少し文字数を使ってふくらませても良かったかもしれません。

希望   空虹桜
> 500文字に10000文字分の感情を。

これを「日常」といっていいのか、いや作品といっていいのかすら、悩ましいところです。あえて「作品らしくない」文体や表現を選んだのだとは思いますが、「500文字に…」のリフレインも、超短篇を書く者としての矜持や悩みも、楽屋ネタ以上のインパクトを持ち得ていないと思います。途中、「〜したい」という言い回しを中心に単語をたたみかける部分のリズムと推進力が素晴らしいだけに、惜しまれます。

【優秀作品】 小さな神様    春名トモコ
> 家に遊びに行くと姉は必ず紅茶を淹れてくれる。

ちょっと不思議な、ほんわかとした、神様のいる日常。超短篇の得意とする方向性ですが、かといって誰にでも書けるといったものではありません。丁寧な筆致と、慎重に選ばれたエピソードが、確かにこんな日常を過ごす部屋がこの世界のどこかにはあるかもしれない、と確信させてくれます。
蛇足的補足ですが、「日常」というのはイコール「リアリズム」ではありません。リアルの中にも「日常」と「非日常」があり、非現実の世界にも同じように「日常」と「非日常」がありえます。幻想や空想と相性のいい超短篇で日常をテーマとするのであれば、この作品こそがまさに王道と言えるかもしれません。

きく、きいて、ききたくない   佐多椋
> 昔からそうだった。

思わせぶりな言葉を過剰に気にしてしまう「ぼく」と、そこから起こるすれ違い。ことの起こりから結末までを丹念に記述しているのですが、そのことで逆に話が観念的なレベルに終始してしまった感があります。むしろ、「彼女」と「ぼく」の会話部分を充実させて具体性をもたせ、地の文の説明は大胆に切り詰めるという方法もありかもしれません。

■自由題部門

【佳作】 エレベーターの恋   穂坂コウジ
> 「バイバイ、またね」そういって、

短く洒脱なお話には惹かれます。この物語は、タイトルが謎解きの答えのような位置にありますが、タイトル抜きにしても不思議な浮遊感のあるお話として完成しています。タイトルと本文の理想的な関係の一例でしょう。

【優秀作品】 アイ・ノウ   穂坂コウジ
> 雨は、だれでも知っている。

では、「アメニアラズ」とは何なのでしょうか。作者は説明しません。ただ、雨という現象と背中合わせのように、必ずそこにひっそりと息づいている何かには違いありません。誰にも気付かれず踊るそれはまるで、遠き日のアステアの幻燈のようでもあります。

あまりリス   海音寺ジョー
> 人類が核で滅び、荒廃した地上に再び生物環が形成された。

そして繁栄したリスの社会の一コマ。人類でもリスでも変わらぬありふれた場面に、リスならではのディテールが差し込まれているのが楽しいです。個人的には、最終段落で描かれる終末後の日没の禍々しい美しさに惹かれたので、バランス的には導入部をもう少し切り詰めて、最終段落をよりずっしり感じたいと思いました。

【最優秀作品】 今宵は満月   松岡永子
> 村ではいつも、月は大きくなる前に狩られた。

そのまま文字どおり受け止めただけでも十分に豊かで魅力的な物語ですが、何度か読み返すうちにこれはミソジニー(女性嫌悪)を逃れて生き延びる一人の女の子の話だと思うようになりました。月(それは一面、女性性の象徴でしょう)が大きくなって手に負えなくなる前に狩る男たち。そのうち何故か痩せ細って減って行く無数の月。そしてわたしと、わたしの月との逃避行。現実のアナロジーを匂わせながら、豊かな表現でむしろ現実そのものよりも身に迫る心情を伝えてきます。先に述べた「社会問題への意識と超短篇」というテーマには、こうした解もあるのだ、と嬉しくまた勇気づけられる作品。謹んで最優秀作品に選ばせていただきました。 

2018年7月 3日 (火)

【発表】「もうすぐオトナの超短編」峯岸可弥選(兼題:暴力)

■■超短編20周年記念企画「もうすぐオトナの超短編」峯岸可弥選結果発表

■兼題部門「暴力」

【優秀賞】
パーマネントのばら 西原理恵子 (投稿作品ではありません)

【佳作】
ホームルーム   胡乱舎猫支店

【次点】
花の檻   穂坂コウジ

【並選】
すてきな二人   氷砂糖
消しゴム   千百十一
クラシフィケーション   たなかなつみ
プラスチック製短下肢装具   海音寺ジョー
公園の墓場   元木一人
骨を埋める   葉原あきよ

■自由題部門

優秀賞該当作品なし


くわしい選者評は以下をご覧ください。

■■選者評

 多少は予想していたのですが、戦争・テロ・虐殺・傷害・破壊・犯罪などといった直截的な暴力が扱われていなかったり、扱われていてもその程度は比較的軽いものが多かったと思います。その代わりに構造的暴力*1や文化的暴力*2に重点が置かれているものが多かった印象を受けました。各々が選者の好みを忖度したか、あるいは他の投稿者の多くがそういう作品を送るだろうという推測からくる戦略か。いずれにせよその点に関しては少しだけ残念でした。投稿してくださった方々が暴力の多様さを求めるあまり、却ってその多様さが損なわれてしまったとしたら皮肉です。
 暴力的な物語の例として個人的には新美南吉『てぶくろを買いに』を挙げることがあり、そのことがタカスギさんから事前にアナウンスされていたのも一因なのかも知れません。この『てぶくろを買いに』の暴力性については、佐多椋くんの『超短編を読む、書く。 -process #2』*3で受けたインタビューに関連する箇所がありますので、興味のある方はこちらも手にとって貰えればと。


*1 通常の暴力(直接的暴力/行為者暴力)とは違い、社会制度や社会構造などに根差しており本来的な加害者(行為主体)が特定され難い種類の暴力。貧困、差別、抑圧、不平等など。

*2 暴力を容認する意識や思想、あるいは暴力に関する無理解や無関心など。直接的暴力や構造的暴力の正当化・合法化の土台となる。

*3 http://p.booklog.jp/book/122249/


■兼題部門優秀賞
□パーマネントのばら 西原理恵子

 投稿作の選考をしている最中たまたま読んだ作品。好みの種類の暴力が色濃く描かれていたので、(もちろん投稿作ではありませんが)これを優秀賞に推したいと思います。


■兼題部門佳作
□ホームルーム   胡乱舎猫支店

 子供の「子供である」という属性そのものが、広義の暴力とが分かちがたく結びついていると思います。社会や大人から保護されなければならない存在であるということは、(保護されることで一部の自由や権利が守られる反面)社会的な規範などによって一部の自由や権利が奪われていることと併発しています。知識や精神や身体が発達していないという自身の能力の低さ、行動範囲や人間関係の狭さ、経済力のなさなど多くの不自由が暴力として立ちはだかっているのです。
 子供の為に必要不可欠な規制(パタナリズム)も、その子供にとっては暴力として機能することもあります。またパタナリズムに見せかけた、単に不合理なだけの暴力も存在しているでしょう。 

 この作品では羽や鰓のある子どもたちに対する教師(?)のやりとりという童話のような語り口で、大人の不合理さやコミュニケーションの断絶などが描かれており、どこか禍々しい。
 夜中に子供たちだけで海や空へ行かねばならない目的は不明ですが、単なる遠足などではなさそうです。子供たちにとって理不尽な目的地が指定され、うっすら不穏な空気が漂っている。文字通り「子供だまし」でもって子供には楽しい遠足だと思わせようとする大人たちの胡散臭さが際立っています。


■兼題部門次点
□花の檻   穂坂コウジ

 警察など、実力行使を伴う公的な権力は「暴力装置」とも呼ばれます。刑務所とは自由刑として犯罪を犯した人間の自由を著しく奪う暴力装置の一つと言えます。
 また内心の自由は民主主義の基本的な条件の一つであり、基本的人権の大きな柱です。日本国憲法においても「思想・良心の自由」として保障されています。思想そのものの弾圧は特に大きな暴力と言えるでしょう。

 作中、直截的な暴力を扱う描写はありません。ただ、色とりどりの花で飾られた綺麗な部屋で歌のレッスンを受けるだけです。異化効果が利いています。
 歌が上達すれば上達するほどにこうした制度に取り込まれ、本質的な意味での「自由」が堅固に縛り上げられてしまってゆくようです。

■兼題部門並選
□すてきな二人   氷砂糖

「水男とアリスはとても仲の良いカップルです」と繰り返されますが、作品全体には共依存によるIPV(ないしDV)が描かれており不穏です。
 一見鷹揚に見える水男とアリスとでは暴力における力関係が歴然として存在し、アリスは何をしても水男に肉体的な被害を与えられない一方で、水男が少しアリスを抱きしめただけでアリスを溺死させてしまうことも出来ます。「仲の良いカップルです」と繰り返されるたびに、関係性の不均衡が際立つ。

 相手に苦痛を与えなければその相手を抱きしめることが出来ないという水男の身体性は、水男自身にとって必ずしも幸せとは言えないかも知れません――彼自身がそれを自覚しているかどうかは別として。


□消しゴム   千百十一

 親が子から受ける「子どもという暴力」が、親が子へ与える「親という暴力」へ再生産される様を描いていると読みました。
 子供が大人による暴力を受けやすいのは勿論ですが親にとっても我が子の存在そのものが広義の暴力として機能されることがあり、そうした暴力は可視化されにくい分だけ問題が根深い。自らの苦しみを訴えたところで周囲からは「単なる甘え」という風に叩かれ、却って自らの人格や親としての資質を貶められるだけだという不安に出口をふさがれてしまえば、本来は最も愛すべき我が子への暴力に逃げ道を求めてしまうことがあるのかも知れません。

 親子に限らず家族という関係は、他より関係が深い分その暴力性もまた濃密になることがあります。
 例えば殺人事件自体の認知件数・発生率は社会が豊かになるにつれ減少していますが、家族間の殺人事件の発生率はほぼ横ばいであり、相対的にはその割合が増大している傾向にあると言えます。家族ことに親子という関係は時代に左右されにくい普遍的な問題を孕んでいるのでしょう。

□クラシフィケーション   たなかなつみ  

「暴力」には「自由を制限されること」が含まれます。ほぼイコールと言って良いかも知れません。
 恋愛や宗教は本来的には人を幸せに導くものですが、人を不幸に突き落す暴力性を孕んでもいます。この作品の語り手のように愛している対象に(半ば自ら)縛られている状態からはなかなか抜け出せないものなのでしょうか。


□プラスチック製短下肢装具   海音寺ジョー

 暴力の概念を最広義に解釈すれば、四肢の障害や「老い」という逃れられない身体的な変化や機能低下もまた暴力の一種として捉えることができるでしょうし、それらに伴う状況や環境の変化などもまた暴力として機能する場合がある。
 ただ作品としては自己の身体性による暴力を描くというより、逆に老いや障害と上手く折り合いをつけることで寧ろそれらが暴力とはならないということが描かれているように読みました。その意味からは、寧ろ今回の募集テーマとは逆行してしまったかと。

 以下、蛇足です。
 刑務所等は「暴力装置」であると書きました。作中では雑居房よりも独居房の方がましという風に書かれており一般にもそう考える向きも多いのですが、実際には独居房の方が雑居房以上に辛い場合があります。一日中他人と接することのない収監方法は「昼夜間独居」あるいは「昼夜単独室処遇」と呼ばれます。この「昼夜間独居」は受刑者の精神的な苦痛が強く、「拘禁反応」(長期間に及ぶ自由を拘束された状態が続くことで起こると精神障害)も出やすい。
 とはいえ刑務官からすると囚人を独居させた方が管理が楽なので(喧嘩などのトラブルが起きる可能性がない)、独居させたがる傾向があると言います。こうした収監方法をはじめ刑務官の囚人に対する振る舞い、代用監獄、入国監理局による収容施設への長期収容、精神障害者の強制的な長期入院などには国連拷問禁止委員会や国連人権理事会などを筆頭に国際的な批判が集まっている現状があります。


□公園の墓場   元木一人

 子供という属性そのものが暴力の被害と分かちがたく結びついていると言いましたが、子供は知識・経験・注意力・想像力の欠如や無邪気さから暴力行為の主体となる場面も少なくありません。その暴力は意識的でも無意識にでもどちらもあり得るでしょう。

 全投稿作の中で最も長かった作品。文字数は500文字以内ではあるのですが、もっと長いサイズで描かれるべきという印象を受けました。
 正直、しっかりと作品内容を読み取れなかったので評をするのが難しい。単なる「思わせぶり」と「外に物語が広がっている」ということの境界が何なのかを説明するのは難しいですが、この作品では若干前者に寄っている気がしました。


□骨を埋める   葉原あきよ  

 自分の出生が父親に望まれていなかったこと(ないし、そう思われてしまうこと)も含めて、特定の家族形態に社会の片親に対する無理解などは確かに暴力の一種と言えますし、またこの母親にとって自らの娘に嘘をつき続けなければならなかった心の有り様にもまた暴力が介在していると見做すことはできる。ですが、この作品もそうした暴力よりも「暴力からの恢復・再生」に重きが置かれていると思います。その点では今回の募集したテーマからすると推しにくい。
 加えて何となく「手癖」のみで書かれている印象もあり、今回もし逆選を付けるのであればこの作品に。

2018年2月19日 (月)

【発表】「もうすぐオトナの超短編」氷砂糖選

■■超短編20周年記念企画「もうすぐオトナの超短編」氷砂糖選結果発表

■兼題部門「お伽話」
【最優秀賞】
青いカナリア     タキガワ

【優秀賞】
かたつむりの唄   穂坂コウジ
御伽噺集   五十嵐彪太
神々のかたり   なな

【佳作】
坊の木枯らし   といじま
イかロ   茶林小一

■自由題部門
【最優秀賞】
歌う鳥   凪野基

【優秀賞】
ちるちるみちる   なな
花はどこへ行ったの   穂坂コウジ

くわしい選者評は以下をご覧ください。

■■選者評

■兼題部門 最優秀賞

□青いカナリア      タキガワ
 寓話としてのお伽話。青という色にマッチした哀しみを湛えた物語で、とても惹かれました。最近知った言葉でいうと「エモい」お話です。すごく好みです。哀しみをイメージさせる青と明るさをイメージさせる黄色を始め、いくつもの対立項が示されていて、短さの中で強固な世界観を構築しています。

■兼題部門 優秀賞

□かたつむりの唄   穂坂コウジ

 童話としてのお伽話。ひらがなとカタカナを多用した演出が、お話の柔らかさを引き立てていて見事です。そしてそこからちょっとギョッとしてしまう、鳥登場の展開へ続くところもギャップが際立っていてよいです。さらにその展開からまた柔らかい雰囲気の結末に結びつくというストーリーの捻り方が超短編的だな、と感じました。

□御伽噺集   五十嵐彪太

 多重に織り込まれた物語の鍵としてのお伽話。好みのお話で、すごく私を狙い撃ちされているような気がします。解読できない文字の本がある体験を通して読めるようになる、というドラマティックなものをこの文字数でやってしまうところに超短編としての面白さを感じます。

□神々のかたり   なな

 昔話としてのお伽話。ひらがなが多用されていて柔らかさの演出が効いています。そして、その柔らかさと会話の殺伐とした内容にギャップがあり、これも超短編的な面白さの一つに思いました。せっかく短くまとめられているのだから、会話のみで成立させていたらまた違った面白さもあったかもしれません。

■兼題部門 佳作

□坊の木枯らし   といじま

子供に伝える物語としてのお伽話。伽の意味に触れているので好ましいです。病気を「木枯らし」と比喩にして物語に登場させているところもよいと思います。ただ、やや言い回しがまどろっこしく感じられます。もっと文章をシェイプさせてもよかったのでは、という気がします。

□イかロ   茶林小一

 夢物語としてのお伽話。最近バズっていたネタも使って社会への問題提起を行う技は見事です。個人的な好みとしては、直接的なものよりも比喩を使ったもののほうが好きです。選択肢が二つなのは、とは一瞬思いましたが、二つでも機会が増えれば行き着く先は多様だろうなと思え、納得させられました。

■兼題部門 そのほかの作品

□私は女神   紙男

 昔話としてのお伽話。「金の斧」のパロディとして説得力のあるものになっています。ただ、パロディであることで終わってしまっているかな、という点で「超短編としての飛躍」みたいなものが弱いかな、と感じました。

□欲望   斜線

 残酷なお話としてのお伽話。ハードボイルド感も漂うお話です。やりたいことの意図はわかるのですが、そのためには没入感が必要になると思われます。となると句読点の打ち方を含め、文体がミスマッチかなあと感じます。最後のカタカナ表記の部分は、カタカナになっていることで軽くなってしまっているような気がします。

□お伽話   松岡永子

 伝承としてのお伽話。短めの文字数の削った描写がいくつもの解釈を許していて超短編的な面白さがあると感じられました。さらっと読むとファンタジーに見えますがSFとも読めます。一切描写されていない語り手についていろいろ考えを巡らせるととても面白いです。

□クニオの冒険   海音寺ジョー

 夜のお話としてのお伽話。介護のリアリティに基づいたお話なのですが、端々に「クニオ」に対する悪意が感じられ、演出だったら見事なのですが、それ必要かなあという情報の仄めかしも含め、わりと悪意そのもので書かれたように思えてしまいます。文章もややぎこちなく感じました。

□お伽の国のあれやこれ   ぽっこり雛豆

 バックグラウンドとしてのお伽話。韻も踏まれていて歌のようです。警句のようにも読めますが、詩ではないような気がします。優しいことが易しく優しい言葉で紡がれていますが、並べて形を整えただけに見え、超短編としての面白さはあまり感じられません。形を整えたという点では気を使っていることは伝わってきます。

□眠れない君のために   空虹桜

 就寝時に伝えるお話としてのお伽話。伽の意味ですね、好ましいです。語り手が物語を書こうとする点は面白いですが、この内容ならもっと文章をシェイプできたように思います。リフレインの多用は、このお話の場合だとしつこさになってしまっています。ストーカー的恐怖を演出しているわけでもないようなのでもっと軽やかだったらなあと思います。

□不眠の国   春名トモコ

 童話としての、また眠りに関するお伽話。伽の意味に真摯で好ましいです。童話の形をとっているのに使われている言葉がわりと軽い(軽やか、ではなく)のでミスマッチに思えます。丁寧に仕上げたら輝くお話だと思えたので、もっと推敲に気を使うと良いのではないでしょうか。

□ワールド・レコード   はやみかつとし

 寓話としてのお伽話。時事風刺的なものが取り上げられていて面白いなとは思うのですが、単語のチョイスが若干古臭いというか、若いフリをしているように読めるというか、そんなことを考えました。枠に納めました感があるので、もう少しストーリーにドライブを効かせてもよかったかもしれません。1段から2段、2段から3段への飛躍は巧みでよいと思いました。あとこれ完全に余談なのですが、3段でSKOOPというアーティストの2ndアルバムを思い出しました。

□つづき   佐多椋

眠りについての童話としてのお伽話。括弧括りの文で最初と最後を括るのは面白いと思いました。ストーリーよりも場面を描きたいのだろうな、と感じられます。瞬間を切り取る超短編的な技に感じました。細かく描写された動きに「お姫さま」という柔らかい主語がブレーキをかけているように読めました。もう少し勢いを大事に単語を選んでもよかったのかもしれません。


■自由題部門 最優秀賞

□歌う鳥   凪野基

 絶望からの反転するストーリー運びとディティールの細かさ、お見事です。その道の専門家(であるべき人たち)からも理解されなかった苦しさが、一つのきっかけによって生きてゆくための手段となるのは、とても希望溢れる物語です。そのきっかけも、ただ偶然出会ったのではなく、主人公の試行錯誤の上で、というのがまた救われます。幸あれ。

■自由題部門 優秀賞

□ちるちるみちる   なな

 場面が丁寧に描写されています。お話としては花びらを拾い上げてまた捨てるだけで、それだけになってしまう可能性がありますが、ひらがなが多用されており、また桜の「花びら」という淡い色を連想させる言葉が繰り返され、見た目に美しい印象となっています。言葉に対して丁寧な印象を受けます。どこか艶っぽさもあり、絵画を鑑賞するときのような静かな力強さを感じました。

□花はどこへ行ったの   穂坂コウジ

 ファンタジックなお話かと思って読み進めていて、おばけの哀しみが描かれていました。「おばけ」というとぼけた字面の主人公、「青い鳥」というどこか寓話的なモチーフ、合せると穏やかな童話になりそうなのに、これは酸いも甘いも知った大人向けのお話ですね。淡々とした文体も、よく調和していると思います。

■自由題部門 そのほかの作品

□たとえばこんな空回り   海音寺ジョー

 前半、細かなディティールがお話に説得力を持たせていてとてもよかったです。つらさも理不尽も、納得というか腑に落ちる感じで地に足がついた文章だと思いました。反面、後半に行くと長い説明の台詞でまとめられていて、強引さを感じました。お話として語られている問題は現実味があるので、後半にも前半と同じくらい気を使うと強い作品になったと思います。

□ひめくり   田中目八

 段の接続での飛躍は超短編的で面白いと感じました。なるほど、ひめくり。擬古文を用いて書かれていることが雰囲気づくりのみにしか作用していないことが気になりました。お話としてはわりとあっさりしたストーリー運びではあるので、装飾したい気持ちもわかりますが。

□胃   田中目八

 擬古文が自然に用いられていて、語り手のひととなりを想像させます。物語に強度を与える効果的な演出だと感じられました。暗喩が込められていることは推測できるのですが、うーん読み切れず。ただ、そういう「わかるようなわからないような」の微妙なラインを攻められることは超短編を読むときの楽しみのひとつだと思っているので、挑戦的で好感を持ちます。

以上。

2018年1月31日 (水)

【発表】「もうすぐオトナの超短編」千百十一選

■■超短編20周年記念企画「もうすぐオトナの超短編」千百十一選結果発表

■兼題部門「年の暮れ」
【最優秀賞】
夜になるとわたしたちは眠る      たなかなつみ

【優秀賞】
晦冥・ゆらぎ   佐多椋
説得    春名トモコ

■自由題部門
【最優秀賞】
運命の恋   春名トモコ

【優秀賞】
水溶性の仕事   たなかなつみ

くわしい選者評は以下をご覧ください。

■■選者評

■兼題部門 最優秀賞

□夜になるとわたしたちは眠る   たなかなつみ 

 機械の心の内側からそっと聞こえる「イエス」「ノー」の声が静謐さを醸し出しています。意味が分からなくても、浮かんできた言葉を書き続けるのは詩人の営みですね。全体にまつわる明るさは、「古いスーツケースに少しの衣類とノートとペン」という夢のような旅支度と、落ち着いた諦念のせいでしょうか。まぶしい斜陽から夜へ向かう時間と生の時間の暮れ、年の暮れ、たいへん美しく響きあっていると思います。

■兼題部門 優秀賞

□晦冥・ゆらぎ   佐多椋

 何の「特別」もないまま世の中から取り残される焦燥感は普遍的なものではないでしょうか。ともすれば愚痴っぽくなりそうな題材を、攻撃的にならずに抑えて扱っていると思います。寒さや苦しさを丁寧に伝えてくる表現をたどりながら、弱くかすかな言葉にしんみりと聞き入りました。最後の一文に罪悪感さえ覚えます。

□説得   春名トモコ

 コミカルな一幕も好きです。短い中でも登場人物のキャラが立っているのは上手いですね。各人(と餅)の声や顔つきが浮かんできますし、「私」もその中にちゃんと参画しているので、登場人物がきちんと使われている印象を受けました。最初のシチュエーションから、お正月らしく楽しく膨らませています。

■兼題部門 そのほかの作品

□出てゆく年、帰ってくる年   葉原あきよ

 奥様が粒あんなら、旦那様は何なのだろう? どうも人間のようですが、旦那さんと奥さんのコミュニケーションの仕方をにおわせるなど、もう一言ないとどうもしっくりと絵が描けなくて。もっとも、そんなことを気にせず、シチュエーションとやりとりを楽しめばいいのでしょう。「そう来ましたか!」という展開はたしかに楽しかったです。

□年の暮れ狂想曲   氷砂糖

 「師走」からの連想ですが、言葉の勢いや表現のバリエーションに凝っているようです。朗読などの題材にしたら工夫のし甲斐があるのではないでしょうか(誰かやってほしい)。鐘が鳴ったところでまだラスト一周とは、なかなかの押し迫り方。最後まで加速して振り切っていますね。

□年の暮れに   海音寺ジョー

 なんか、ざらっとしますね。「知らん」あたりのややぞんざいな言葉や、仔猫について「良質」と値踏みする表現のような端々から、主人公はどうも優しいわけでもなさそうな気がします。自称両親をほのぼの受け入れているわりに幸せな感じがしない……投げやりなのかも。読後にこちらの感情の持っていき場に迷うような、妙な雰囲気の作品でした。

□EVIL   穂坂コウジ

 タイトルに頭をひねった後、念のため辞書で確認しようと打ち込んでたら気が付きました(遅いでしょうか)。前から読むのと後から読むのとで明と暗に意味が裏返るような単語を、うまく見つけられたものだと思います。ただ惜しむらくは、ちょっと前向き過ぎて(時間は後ろ向きなのに!)「EVIL」感が薄い気がします……人生160年とはお疲れ様です。

□この世のどこでもない場所   空虹桜

 だじゃれ自体は場合によっては別にいいのですが、恣意的に設定できる固有名詞を使うのはちょっとずるいと思います。雪国の雰囲気がこれだけリアルに出ているのに、全体がこのだじゃれのためだけになってしまうと勿体ない。雪かきの徒労感、ママさんダンプという雪国出身者しかたぶん知らない小道具などが良かったです。

□もうすぐ   白縫いさや

 除夜の鐘はいいものですね。大人の時間をよそに寝かしつけられる子供というのは、当時は不本意だったかも知れませんが、思い出になると懐かしいものなのでしょう。当時の家族がもういなくなったような歳で、一人で除夜の鐘を聞く主人公を思うと、なんでもない情景がたいへん抒情的に思えてきます。

□優しい脚   といじま

 けっこう時間をかけて読解しようとしたのですが、最後の「炬燵の脚が4本」云々がまだ読み解けていません。その一文がなければまあ、幸せなカップルの情景ですね、ということになってしまうので、とても大事な一文なのではと思うのですが……。「炬燵」の項を見に行って、たしかに4本と書かれていないことは確認しました。

□肉が布団   井口可奈

 あまりといえばあまりのシチュエーションで、どうしたものか何とも困った作品でした。逆選があったら、「この世のどこでもない場所」のだじゃれと競った挙句にこちらを選びそうな気がします。豪勢とはいえ、肉って12月の夜には寒くないですか。その肉は後日食べるんですか。寝間着は? うーん、詳細気になる。


■自由題部門 最優秀賞

□運命の恋   春名トモコ

 ふいに襲ってくる自分でも分からない感情、あるかもしれない。掴みから、正体を明かし、感情を深め、最後をきれいにまとめ、超短編の語り方のお手本のようだと思いました。満員の通勤電車なら、同じ時間に同じ場所に乗っていたら今後もしかして? と少し期待してしまいます。自由題ではありますが、冬の募集ならではの作品でした。

■自由題部門 優秀賞

□水溶性の仕事   たなかなつみ

 個というものがなく、働いて眠るだけの日々。こう書くとつらいのに「水溶性」のおかげで、全てゆるやかに水に流されていくような印象を受けます。個であることに疲れたとき、こうして集合的な意識の中で溶けてまどろむことができたら……まるでこの物語は誘惑するようです。

■自由題部門そのほかの作品

□ボーフラ文庫の打ち明け話  海音寺ジョー

 詩歌関係の名書店「葉ね文庫」をモデルにして、超短編の人たちが東京で行きつけとする食堂「みじんこ洞」の名を借りたような? いずれも有難いお店です。いいお店があると、周りに自然に常連の仲間はできていくものでしょうが、店主さんが「コミュニティとして閉じたくない」という心意気を持っている方が、きっと誰にとっても居心地がいいと思います。


□学名:ヒノデ   穂坂コウジ

 この短さは手練れすぎて、私が賞を出すなどおこがましい! という気持ちで敢えて別格の選外です。新年にふさわしい超短編を、ありがとうございました。「学名」「地球の」ほんの一言で、いっぺんに雰囲気が出るものですね。効果的な取捨選択は本当に難しい。

以上。

2017年12月 5日 (火)

【発表】「もうすぐオトナの超短編」たなかなつみ選

◆◆◆作品発表

 「もうすぐオトナの超短編」たなかなつみ選の結果を発表します。

 最優秀賞・優秀作品の本文は、後日、フリーペーパー「コトリの宮殿」に掲載します。フリーペーパーを手に入れにくいひとのためには、大きめの画像をブログに掲載いたしますので、いましばらくお待ちください。
  また、最優秀賞・優秀作品・佳作を収録した作品集を、2018年に電子書籍として出版予定です。そちらもご期待ください(作者の方々へは編集開始前にまたご相談申し上げます)。
 それでは作品の発表です。たなかなつみによる評も掲載しておりますので合わせてどうぞ。

■兼題部門(兼題:期間限定)

□最優秀賞:
「カナブンレスキュー」 春名トモコ

□優秀賞:
「モンブラン」 といじま
「いたずら好きの魔法使い」 氷砂糖
「実験」 千百十一

□佳作:
「ポイントカード」 五十嵐彪太
「pp」 穂坂コウジ
「いけないこと」 葉原あきよ
「星間通信Vol. 22 特集「繰り返す創世の物語」 発行元:StarTours Inc.」 はやみかつとし
「無季俳句」 海音寺ジョー

■自由題部門

□最優秀賞:
「秋の牢獄」 白縫いさや

□優秀賞:
「火薬のような、夜明けのような」 穂坂コウジ
「よろこびのうた」 はやみかつとし

□佳作:「下町のジークフリート」 海音寺ジョー


▼評

■兼題部門

□最優秀賞:「カナブンレスキュー」 春名トモコ
それぞれ形良く切り取られたふたつのエピソードが綺麗に反映し合い、全体的にとても洒落た印象深い作品になっていると思います。文字数のバランスも見事だと思いました。

□優秀賞:
▽「モンブラン」 といじま
モンブランの一人称作品。語り口も絶妙なら、モンブランの意識のとらえ方も絶妙。傲慢なモンブランの語りの背後にうっすらと見える人間関係の妙がまた素晴らしい。最優秀賞候補作品でした。

▽「いたずら好きの魔法使い」 氷砂糖
チョコレートの一人称作品。時間の経過がチョコレートに与える影響が綺麗に物語にはまっています。なんとなくエロチックさを感じさせるところに、にんまりといたしました。

▽「実験」 千百十一
書き出しの 1 行目で惹かれました。その後、短文のエピソードを積み重ねて背景を明かしていく組み立て方が巧みだと思いました。海底での生活描写が魅力的。

□佳作:
▽「ポイントカード」 五十嵐彪太
笑顔の意味を考えさせられる話でした。店員の巧みな笑顔と主人公の無理な笑顔との対比に、笑顔の「正しい」あり方って何だろうなと。笑顔が「期間限定」という切り取り方が面白かったです。

▽「pp」 穂坂コウジ
作品のもつ雰囲気が素敵です。最後の段落の読み取り方しだいで、作品の印象が変わるように思いました。タイトルの意味が読みとれなくて悩みました。「ピアニッシモ」かと思ったんですが、違うかな……

▽「いけないこと」 葉原あきよ
可愛くて美しい物語に、ほんのちらりと残酷性が見えますが、そこまで含めて愛おしいお話。「オーロラ」のイメージの使い方が素敵です。下から 2 段落目の言葉だけが他と異なる角度のもので、物語が綺麗にそこで転回していると思いました。

▽「星間通信Vol. 22 特集「繰り返す創世の物語」 発行元:StarTours Inc.」 はやみかつとし
タイトルから本編の最後の行まで丁寧に記されている、「記事」の形をとった物語。食が終わったあとの光景に惹かれました。わたしも見てみたいです。

▽「無季俳句」 海音寺ジョー
この話、身につまされる方が多いのではないかと思い、読みながら笑いが漏れました。この作品のミソは、タイトルどおり、最後の句に凝縮されているように思います。わかるわー。


■自由題部門

□最優秀賞:「秋の牢獄」 白縫いさや
この短い作品のなかで展開する物語の開かれ方がすごい。閉ざされた空間のなかで存在感のある主人公と木こりの男。背景に広がる「秋」を感じさせるそれぞれの描写。隅から隅まで感じ入りました。とてもよかったです。

□優秀賞:
▽「火薬のような、夜明けのような」 穂坂コウジ
楽しい。言葉の選び方も、短いテンポで重ねられるエピソードも、音的にも映像的にも視覚的にもとにかく賑やかでわくわくしました。そして爆発する最終行。すごい。最優秀賞候補作品でした。

▽「よろこびのうた」 はやみかつとし
楽器の演奏をモチーフに、自身と権威的な他者とのズレを描き起こした物語。とても丁寧に描かれていて、読んでいるわたしも窒息しそうな心もちになりました。最後の行でのまとめ方まで丁寧だと思いました。

□佳作:
▽「下町のジークフリート」 海音寺ジョー
これは楽しいお話。細かい描写の積み重ねによって、主人公とその界隈の背景が形をもって見えてきて、面白いです。

以上。

2017年11月 6日 (月)

【発表】「もうすぐオトナの超短編」松本楽志選

◆◆◆作品発表

 「もうすぐオトナの超短編」松本楽志選の結果を発表します。

 最優秀賞・優秀作品・佳作の本文は、後日、フリーペーパー「コトリの宮殿」に掲載します。フリーペーパーを手に入れにくいひとのためには、大きめの画像をブログに掲載いたしますので、いましばらくお待ちください。
  また、最優秀賞・優秀作品・佳作を収録した作品集を、2018年に電子書籍として出版予定です。そちらもご期待ください(作者の方々へは編集開始前にまたご相談申し上げます)。
 それでは作品の発表です。松本楽志による評も掲載しておりますので合わせてどうぞ。


☆最優秀作品
『彼女、トラック、遙か彼方の大河』   ZZ・倶舎那

◎優秀作品
『番外地』   海音寺ジョー
『CALL』   佐多椋

○佳作
『小鳥』   藤森 伏見
『色彩』   タキガワ
『クリームソーダ』   穂坂コウジ

※募集は兼題部門と自由題部門に分かれておりましたが、選は各部門を区別することなく行われています。御了承ください。


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『ライン』   葉原あきよ
> 「あ、ライン来たよ」

【評】天から降りてくる紐はいつでも異界へのあこがれをともないます。「蜘蛛の糸」で亡者たちが糸にむらがったのは、生への執着なのでしょうか。もしかしたら、ただ見知らぬ景色を見てみたいという本能だけが彼らを突き動かしたのかも知れませんよ。テーマが現代的で軽い口調で書かれていますが、各要素がおさまるところにおさまっていて非常によくできていると思います。

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○『小鳥』   藤森 伏見
> その小さな部屋の中には白い洋服を着た人形がいて。

【評】鳥籠のことをよく考えます。捕らわれた生き物はそこが世界の全てです。しかし、鳥籠には隙間があって、世界はどこかへゆるやかに繋がっている。鳥籠にはそんな不安定さを常に抱えているせいでしょう、超短編ではたびたびとても効果的に使われています。このお話の語り手はゆるやかに広がっている外側の世界にあって、その世界について何も描写はしません。捕らわれた生き物、いや、それすら危ういのですが、その生き物だけに捕らわれていて、これはどちらが内か外かわからなくなります。世界の終わらせ方も見事です。

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『雨の旅』   ZZ・倶舎那
> 旅に出るたびに雨がついてくる。

【評】異世界はひとつの場所に留まっている必要はありません。 私たちが人生の旅人であるという表現はもはや手垢にまみれすぎて、あえて口にすることは何か特別な覚悟が居るのではないかとおもいますが、だからといってその事実が消えてなくなったわけではなく、私たちはやはり旅人であったのです。そして、そういった視点人物の人生(時間や場所)によりそうような異世界がここには描かれている。近くにある、遠くにある。届きそうで届かないもどかしさの世界が、雨のもつ質的なあるいは視覚的な要素として、丁寧に取り出されている作品です。


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☆『彼女、トラック、遙か彼方の大河』   ZZ・倶舎那
> 助手席に置かれた等身大のスティッチのぬいぐるみ。彼女はそれを相棒と呼ぶ。

【評】日常のスケッチをラストの1行で異世界に接続することに成功した見事な作品です。ぬいぐるみは異世界そのものであるということを看破したところも素晴らしい。わたしたちがぬいぐるみを見る時、そこには、そのぬいぐるみが表出しているものを、逆再生としてあたまに取り出します。それは動物であるかも知れないし、人間であるかも知れないし、ロボットであるかも知れない。しかし、確かに何らかの主体を持つ存在であることが殆どです。そういったものが、虚空にただそれだけで存在することを想像するのはかえってって難しいでしょう。主体は、そこでたしかに息づいていることを、われわれは無条件に想像します。彼らが息づいているのは、彼方の大陸を流れる大河かもしれない、プリズムの光を乱反射する孤独な惑星かもしれない、無数の破れ障子に何重にも囲まれた四畳間かもしれません。それはたしかにトラックのなかに、かすかな消息として届いているのです。異世界を渡り歩くトラックを題材としたところも、効いています。

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『灯火ひとつ』   白縫いさや
> 六角形の閲覧室で本を読む。この図書館にはありとあらゆる書物が収蔵されている。

【評】書物が異世界の消息であることはこれはもう疑いようがありませんが、意外にも書物から消息を感じ取ろうとした作品はあまり多くありませんでした。もしかしたら、凡庸を怖れたのかも知れません。この作品はそこに果敢に挑戦し、成果を収めているように思います。猿の無限のタイピングが、いつかシェイクスピアに着弾するかのように、無限の物語はどこかで無限の世界を記述します。私たちが書物と向き合うことは、もしかしたら、無限の世界の一部を、偶然、ほんとうに偶然に、掠めることだったのかも知れません。

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『あの夜の私』   寺家莉冥
> 今宵は地元集落の祭事。毎年、お盆に催される夏祭り。

【評】先の作品への評で本について書いたように、祭がまつろわぬ者たちとの交信の場であることも、また疑いようがありません。そして、私たちが祭のことを思い出すとき、なぜか私たちは場所だけではなく、時間も同時に飛び越えていきます。時間も場所も異なる記憶はもはやこの世界と地続きであるかどうかも疑わしく、わたしたちはもうとっくに異世界のことを記述しているのです。じっさい、祭りのことを語るとき、私たちは言いようもない孤独感をどこかに感じるのではありませんか?

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『しゃぼん玉』   氷砂糖
> 甥にせがまれて洗剤を水で割る。

【評】しゃぼん玉は不安定な存在でありながら、明確に内と外を持ちます。これは鳥籠と良く似ていますね。しかし、鳥籠と決定的に違うのは、しゃぼん玉がその存在に破滅を内包して生まれ落ちるところです。最後の一センテンスが見事で、ここで語り手はしゃぼん玉が割れたあとの世界に「戻れなかった」と明言しています。世界は既に壊れて新しいものになっている。しゃぼん玉を描写していることが世界を描写していることと見事に響き合っている作品だと思います。

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『申く◇U王土ルL』   穂坂コウジ
> こんにちは。そう、そこのあなた。あなたの事です。

【評】おっと、ついにバレてしまいました。超短編がなんらかの物語である以上、超短編を読むことはすでに異世界を覗き込むことです。いや、バレてしまいましたというよりも、もうとっくにご存じだったことでしたね。でも、精緻に描写された異世界もあれば、ほとんどはりぼてにすぎない異世界もあります。この作品によって読み解かれる異世界は、記号的な漢字によってその端っこだけが記述されています。お見事です。そうでした、またうっかりしていましたが、はじめから超短編は端っこだけを食べることを得意とするジャンルなのでした。もう申く◇Uルされましたか?

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『あなたと出会った場所』   はやみかつとし
> ありとあらゆる行き違いを繰り返しながら、あなたとわたしはそのたびにどうしても出会ってしまう。

【評】ただ、「わたしたちが繰り返し衝突するのだ」ということだけを全力で伝えてくる力強い作品です。 わたしたちはよく鏡の世界を想像しますね。鏡の世界は「通信ではない」。そのとおりです。では、通信ではない私たちは何を交換しうるのでしょうか。それこそが物語として記述されているのです、限りなくゼロに近いけどゼロではないのです。異世界との交信というものはそういう形でしか起きえないのかも知れません。


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◎『番外地』   海音寺ジョー
> 重い、吐き出し窓を開けると便臭がする。

【評】お祭りの超短編がありました。猫の超短編がありました。死んだ恋人の超短編もあります。いずれも過去に向かって異世界の消息を辿るたびでした。しかし、異世界は未来にもあります。一寸先は闇、未来は渦巻く世界の中に無数の異世界を溶かし込んだ形で存在します。この作品全体に漂う、悪臭のようなものは、この未来を端的に表現した者と感じます。老人たちは未来の異世界からやってきて、その世界の言葉を17文字だけこの世界に伝えて、そのあとは沈黙してしまう存在なのです。

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『あらかじめ決められた恋人たちに』   空虹桜
> 彼女が、妻が、死んだ。

【評】小説の分類タグのひとつに「ループもの」というものがあります。ループのきっかけは様々です。何ら脈絡もなく特定の日々が繰り返される作品もあれば、恣意的に何か後悔した行為をくりかえし体験する作品もあります。たいていは、ループのなかでひとびとは行動を変え、世界を変えます。ループだからといって単に同じことを記述していては小説になりませんからね。しかし、記憶もまた小説と似ています。わたしたちは同じこと完全に同じまま頭に仕舞っておくことは出来ません。反芻するたびに少しだけ、わずかだけ形を変えて世界は繰り返されます。この作品もまた、過去という異世界との通信を描いた作品といえるます。

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『しっぽ』   五十嵐彪太
> 飼い猫の姿が見えない。たぶんクローゼットの中で丸まって寝ているんだろう。

【評】猫にはどこか時間を操る力でもあるんじゃないか、と思いませんか? このイメージはおそらくですが『夏への扉』のせいでしょうか。あの人間と明らかに異なる時間の流れをすごしている様子を見れば、自然とそのイメージが湧くのも納得できる気がしませんか。そして本作もまた、過去にある異世界が、現在に射影されてしまったかのような作品で、それを猫の尻尾で表現したところが秀逸です。


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『ドア』   胡乱舎猫支店
> 母さんが階段を上って来る。足音を忍ばせているけれどハンドクリームの匂いがする。

【評】これもまた猫をテーマにした超短編です。おまけにドア(=扉)ですから、これはもうどうやっても『夏への扉」を思い出さずには居られません。扉が文字通り異世界への扉になるというのも非常に腑に落ちる話です。猫は過去の世界の残滓をかすかにまとって(それがちゃんと匂いとして表現されています)現れます。そして、もちろん、このドアは開きません。異世界が魅力的なのは、それが完全なものとして立ち現れてこないからです。

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『森』   千百十一
> 生まれも育ちも歌舞伎町である。

【評】『カラスの教科書』はカラスの生態もさることながら、作者のカラス愛を感じ取ることが出来るよい科学読み物でしたが、それはさておき、これを超短編の作品の末尾に「参考文献」と加えたことこそがこの作品の特異性と面白さに繋がっています。この参考文献の一行は「この作品の、一人称の主体はカラスですよ」ということをただ説明したかっただけ、と読めてしまうのですが、実はこの一文の効果はそれだけではありません。この作品全体をものすごい力で現世界にむかってつなぎ止める、重い碇のような力がこの注釈にはあるのです。これがなくなると本文はふらふらと何処かここではない世界に向かって漂流していってしまう。これはとりもなおさず、さかさまに本文の異世界性を表しているといえるのではないでしょうか。

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『こっちの水』   元木一人
> 雨を飲むために寝転がっていたら、向こうでぴしゃぴしゃと魚の跳ねる音がした。

【評】歌舞伎町の次は四谷三丁目です。具体的な地名が、いま私たちがいる「こっちの世界」の輪郭を濃くします。輪郭が濃くなればなるほど、そこからはみだした、淡い、ただ気配だけの存在はかえって目立つようになります。俗物的な女への感情もまた、その淡さを強調しているかのようです。世界は輪郭の内側にあるのか、外側にあるのか。この作品はてのひら怪談のような趣がありますが、そういった淡い輪郭の得体の知れない者の揺曳が私たちの心を少しだけ不安にさせるのかも知れません。


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◎『CALL』   佐多椋
> 一ヶ月ほど前のことだ。

【評】語り手は自らの存在について「社会的な存在意義を匂わせつつも、社会的であるとはけっして明示しないことで、社会的以上にもっと本質的なところで存在意義を脅かさている者」として記述されます。語り手の物理的存在の消滅という拡大解釈は、そのままこの世界の破壊と結びつきます。作中で語り手が向き合っている「スクリプト」は、実行されることで、コンピュータメモリ上に小さな異世界を構築し、そこで作り手の望む何かを生成する存在として規定されています。語り手はその別の世界を壊すことで、語り手の居る外の世界がゆるやかに崩壊することを防ごうとしてます。しかし、外の世界もまたすでに変容していました。語り手が社会的な拠り所としている組織体それ自体ををあらわす蛍光色、その色によって染められた世界にです。もしかしたら、語り手が自らの消滅を確信した時点で既に世界は変容していたのかも知れません。なかなかに面白い構図だと思います。

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○『色彩』   タキガワ
> ジョリィは嘘ばかり吐く少女だった。

【評】ここにもまた旅人が描かれています。面白いのは、この旅人は異世界の消息を伝える者ではなく、ジョリィが作り出す異世界を破壊する主体であることです。この華麗なる逆転は、作中ではさほど大袈裟には語られませんが、とても面白いと思います。ジョリィが時計台に住んでいるというところも見逃してはいけないでしょう。時計台は時間の象徴です。他の作品でも書かれていたように、過去もまた異世界でありますが、未来は旅人によって破壊されてしまい、最後の一行からこの物語自体をひとつの過去としてかろうじて締めくくることしかジョリィには出来なくなっています。

○『クリームソーダ』   穂坂コウジ
> アシカの檻の前にいた。

【評】確か、だいぶまえに鳥かごの話をしましたね。動物園の檻もまた同じことです。ただ、動物園が人工的に動物たちの生活環境を作っていることは、檻ごとに異世界が創造され、動物とともに陳列されていることは看過できません。本来ならば檻によって隔てられた二つの世界は実は、目に見える折という境界線ではなく、もっと別の次元にひかれた分水嶺によって隔てられているのだということに気づいてしまうと、ちょっと怖い気がします。

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『夏の博物館』   海音寺ジョー
> たきさんと京都国立博物館に「博物館のおさかな展」を観に行く。

【評】芸術品がどこかゆがめられた異世界への入り口であるならば、博物館というのは入り口をコレクションしている場所ともいえます。しかし、特別展示はまだいいのです。見ている側にも覚悟がある。実際、この語り手はたきさんの様子を描写する余裕があります。そのディテールがむしろ「こちら側」を強く意識させます。いっぽうで、最後の一行にある「常設展」は恐ろしい存在です。「常」という名前に油断してまるでそこが日常の延長戦であるような気持ちで世界に接してしまうと、思わぬところからあちら側へ転落します。ほら、この作品も最後になって「仏像を観た」と、慌てて世界を閉じてしまった。たきさんのとの他愛のない会話に代表される日常性は完全に失われて二度と戻っては来ません。

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『告白』   はやみかつとし
> この厚い岩盤の天井を穿ち、孔を開けたのがあなたの涙だったとしたら、

【評】わたしがあなたでありあなたがわたしであるという物語の原型をあてはめるのであれば、この作品は異世界から穿たれた穴は、じつはこちらがわであって、なんの消息も伝えてきてはいないということになります。一条の光、というのはほとんどのばあい、希望の象徴ですが、もしかしたら、語り手はその欺瞞にうすうす気が付いていたのではないでしょうか? 

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『痛みを育てる』   たなかなつみ
> 痛みは遠いところからやってきて、やがて内奥で巣を作る。

【評】痛みはどこからやってくるのでしょう。語り手は、中に巣くってしまった痛みに気を取られ、痛みの生まれ故郷である世界のことを考えることを放棄しています。わたしたちの内部と外部を分けるのは、内部に痛みがあって外に痛みはないからで、その境界線があって初めてわたしたちはいるんだ、という一応の説明はつきます。しかし、よくよく思い返してみると「痛みは遠いところからやって」きているのです。では、こことあちらの境界をどう定めればいいのでしょうか。これは厄介な話です。

2017年7月30日 (日)

【結果発表】ガリレオ・ホラー超短編

■■ガリレオ・ホラー超短編の選考結果を発表します。

  選考はガリレオ社長、白縫いさや、タカスギシンタロの三人が行いました。各自、最優秀作品◎1、優秀作品○4、佳作△3作品を選び、最優秀作品を各選者賞としました。また、◎3点、○2点、△1点で計算し、合計得点の一番多い作品をイベント大賞としました。


■大賞:『ショートケーキ』  五十嵐彪太 (社長○いさや○シンタロ◎計7点)

■ガリレオ社長賞:『海の見える丘の家』  胡乱舎猫支店

■白縫いさや賞:『いこくのち』   加楽幽明

■タカスギシンタロ賞:『ショートケーキ』  五十嵐彪太


  受賞者のみなさまおめでとうございます。大賞作品はガリレオ新聞に掲載されます。大賞作品、各選者賞作品はのちほどガリレオHPかこのブログで読めるようにいたしますので、少々お待ちください。

以下に、各選者による全作品評を掲載します。また、選考の点数とは関係ないのですが、ゲスト選者として店員Sさんにも参加していただきました。

(社)……ガリレオ社長
(白)……白縫いさや
(シ)……タカスギシンタロ
(S)……店員S

『嗤—わらう—』   寺家莉冥
 > 高校の帰り、少女は静謐な畦道をひとりで歩いていた。

・処刑された人間のような案山子。その憑依は、主人公が心の奥底で案山子と自分自身を重ねてしまったせいではなかろうか。だとすればラストで腹をかかえて笑いころげる主人公の姿がよけいにつらく怖い。○(シ)
・最後だけ「笑」なのが面白いなあと思いつつ、しかし「嗤」になるのも時間の問題なのかもしれないと予感しました。いつ、何がきっかけでそうなるのか。想像が膨らみます。○(白)
・正統派の和風ホラーですね。なんだかんだ最後の老婆が一番怖い思いをさせられているような……。(社)
・導入がとてもいいですね。もうこれだけで怖い。それから少女に赤色 というところがとても印象的であとに怖さを曳いているような感じがします。(S)

『渡していいものか』   明利英司
 > 台所の床で横たわっていた妻が、むっくりと上半身を起こす。

・妻ははたして台所で起こったことを覚えているのか否か……。「分からない」という恐怖がじわじわと迫ってきます。△(シ)
・渡していいものかと問われればどう見てもNOなわけですが、それでも迷うのは彼個人の気質なのか、彼女の気迫なのか。ホラーというよりはサスペンスという印象が拭いきれません。(白)
・奥さ んにいったい何が起きたのか……旦那さんと一緒に悩んでしまいました。でも包丁を渡すと確実にバッドエンドかと。○(社)
・妻の飄々としたところが怖さを醸し出していますね。円環的な要素もあり、読み終えて初めに戻ると、こんどは夫が怖い。二重におそろしい……。(S)

『白い!』   氷砂糖
 > 一時間後の締め切りに間に合う気がせず、カンヅメ用の部屋を融通してもらう。

・すべての物書きが恐怖する書いても書いても消えるテキストの悪夢。「白」の描写を重ねることで不穏な雰囲気へと誘導する手腕が見事です。白→無(→死)という静かな恐怖にぞくっとしました。○(シ)
・怖いといえば怖いのでしょうが、そもそも自業自得のような。(白)
・SF的な面白さですね。ていうか、書いた文章が消えちゃうの、ちょー怖い……(←しがない物書きのトラウマ)△(社)
・時間の書き込みスピード感を生んで、スラップスティックな笑い、いや怖さを……。ごめんなさい、ふつうに笑いました。(S)

『ショートケーキ』 五十嵐彪太
 > もう何年も、美しいままのショートケーキを見ていない。

・美しく整ったショートケーキが破壊されることの恐ろしさ。まったく肉体的な描写がないにもかかわらず、人体の損傷を連想してしまいます。そしてほのかにエロい。◎(シ)
・かなしい、あるいは愛しいお話だなあ、という印象です。怖いと形容する気にならないのは、夢中でケーキの残骸をほじくる二人が幸せそうに見えるからですね。○(白)
・ぞくりとする怖さ。狂ってる夫婦だけど、現実にこういう人いそうですね。ケーキ屋さんもまさかこんな食べ方をされているとは思うまい……。○(社)
・ケーキの描写が猟奇的殺人現場みたいで素晴らしい。絵や映像には不可能な、小説ならではの怖さの体現だと思いました。(S)

『わずかな明日への期待』   空虹桜
 > 今ならまだ間に合う。あなたはこれを読んではいけない人です。

・この短さで過去改変ものに挑んでいてすばらしい。しかしやめろと言われれば言われるほど超短編を書きたくなってしまう。こわい。(シ)
・だが断る。この白縫いさやが最も好きな事のひとつはお願いと懇願してくるやつに「NO」と断ってやる事だ。と、脳内で即座に再生されてしまいました。おそろしい。(白)
・未来でいったい何が起きたのか? 超短編が引き起こすかもしれない悲劇、という設定に心惹かれます。(社)
・読み手が宙ぶらりんにされる感じがいいですね。法律の施行というひとつ具体的なことが示されるのも、かえって不安感を底上げしていると思います。(S)

『ガケ鬼』   穂坂コウジ
 > ーー鬼が、迫ってくる。

・振り返ると突然断崖絶壁が現れる鬼ごっこ。奇想天外なアイデアにもかかわらずビジュアルがばっちり浮かんできてすごい。△(シ)
・まさに因果応報。後悔と恐怖がないまぜになって迫る構成が巧みです。○(白)
・まさに因果応報ですね。つい遼君視点で読んでしまって、ザマァの爽快感を感じました。(社)

『澱みに浮かぶ』   海音寺ジョー
 > 円盤型のロボット掃除機が、台所の時間塊を吸いこんだ。

・「時間塊」といういくらでも広げられそうなアイデアを、わずか400文字少々で終わられてしまうぜいたくな作品。(シ)
・SF的なギミックが恐怖を理性的なものにしてしまっているように思います。(白)
・SF的なホラー、浦島太郎ですね。掃除機とかカレーとか、小道具のおかげで臨場感があってオチが綺麗で面白かったです。○(社)
・円盤型のロボット掃除機とはつまり現代風にいえばUFOで、キャトルミューティレーション的な説話なのでしょうか。と、思わず想像してしまうような説話が説話を呼ぶ入れ子式の構造。で、ありながら玄関に辿りつかない、昔話や都市伝説より妙に生々しい……。(S)

『海の見える丘の家』   胡乱舎猫支店
 > 海が見える高台に住むのが夢だった。

・説明を省略しているにもかかわらず、複雑な人間関係をそれとなく理解させる表現力がすばらしい。(シ)
・こちらも五十嵐作品同様、怖いというよりは味わい深いですね。若い愛人の本当の顔を知っているのは語り手だけのようです。世間からどう非難されようと、こんな時間を過ごしたかった、というような。△(白)
・ものすごく怖いシチュエーションにも拘わらず、飄々とした主人公とのギャップが面白いです。◎(社長)
・わたし個人の概観として優れた小説には世界の秘密のようなものが作者の意図を離れてそれとなく書かれてしまうものだと思っているのですが、これにはそういう何かを感じた。そういう何かをまえにすると、ただただ「美しい」以外の言葉が出てこなくなるのです。(S)

『夏のおもいで』   胡乱舎猫支店
 > 「甲虫の匂いがする。甘酸っぱいおが屑の匂いが」

・ラスト三行で、それまで構築してきた物語世界そのものを一気に不安定化させる大胆な構成。悪夢のようなおそろしさ。○(シ)
・道理の通らない事象の数々を、「夏のおもいで」という言葉でベールの掛けるそのやり方が個人的には非常に好みです。まるで夢の中のような。△(白)
・突然異世界召喚されたかのような不思議ワールド。主人公も甲虫を探して森へ旅立ってしまうのか……。(社)
・なんでしょう、世界の秘密というものは、たとえば空と海の交わるところ、すなわち水平線のように人間には辿り着けない場所にあるのだと思うのですが、この小説には、そんなゆけるはずのない水平線の向こう側へいってしまうような異常なちからを感じました。そして読み終えてタイトルが素晴らしい。(S)

『悪いバイト』   だんぞう
 > 先輩が突然、胸を押さえて膝から崩れ落ちた。それを合図に僕らも皆一緒に倒れる。

・子どものころみた仮面ライダーショーは、ショーだと分かってはいても、どこかで本当にショッカーの世界に通じているようで怖かった。本作は異世界への入口としてのヒーローショーに着目ししていて共感した。△(シ)
・言葉は呪いで、そのことが端的に表れていて良いですね。個人的な趣味になってしまいますが、最後2行は冗長だったなぁと思います。△(白)
・いったいこの男の子は何者なのか。結局先輩はワルモンだったのか。謎が謎を呼びます……。(社)
・冒頭のショーの倒れる描写に、なにか、異様なリアリティがあり、そのあとに起こる不可解な出来事も、わけがわからないなりに、とにかく起きたんだ、と納得せざるを得ませんでした。もの凄い即物的な強制力というのか、なんというのか。小説家でいうならカフカ、漫画家でいうなら諸星大二郎のような書かれたものが確かにそこにある感じをうけました。(店員S)

『正しい選択』   たなかなつみ
 > 何でも話していいんだよ、と言われた。絶対に悪いようにはしないから、と。

・すべての人が「すべて」を望むが「すべて」はすべての人にとって、手に負えるものではないことを思い知らされる、そんな怖さがある。(シ)
・嘘と真実、人を救うのはどちらか。正解は「どちらも救わない」、という救いのなさはまさに真実なのだろうと思います。正義は筋肉にこそ宿ります。ところでホラーという枠で語るテーマではないかなと。(白)
・究極のSMとはこんな感じなのでしょうか。絶望的な痛みは 一瞬で終わり、死んで解放されて嬉しい、というエピローグが浮かびました。△(社)
・とてもきわどい、すれすれのところを縫ってゆくような小説だと思いました。ひじょうに抽象として漠然とした語り口が、さいごに痛みの一点に集約される、その過程のすれすれさ。「痛くて苦しくて重いのに、それさえもが楽しくてならない」矛盾している表現なのに、そうとしかありえない、このすれすれさ……。(S)

『夏の思い出・オブ・ザ・デッド』   加楽幽明
> 雪山で遭難した友が、この夏生ける屍となって訪ねてきた。

・生ける屍と対話しているときよりも、それが去ったあとの生臭い匂いにぞっとしました。(シ)
・言い方が適切かどうかわかりませんが、解凍したての頃はさぞや生き生きとしていたのだろうなぁと想像して面白くなりました。冬と夏の対比が効いているように思います。△(白)
・世にも奇妙な感じのお話でした。死者と生者の立場が逆転する、というアイデアが面白いです。○(社長)
・やはり小説はにおいを書かなければならない、うんうん、そうだよな、と思わずひとりで頷いてしまいました。映画にも漫画にもにおいがない。でも小説のばあいは、文字に書きさえすればにおいを喚起することができる。雪山や冷房のひそやかさに対置された、夏、屍臭、ゾクゾクしました。(S)


『いこくのち』   加楽幽明
> 旅先の池の畔で少年少女たちが、のたうち回るずだ袋を水底に沈めようとしていた。

・黒い猫のような生き物はいったい何だったのだろう。どうして水に関わる事故だったのか。なんで怪異は主人公の国の言葉を話すのか。なぞがなぞを呼びどんどん怖くなるお話。○(シ)
・非常に完成度が高いです。人によっては、もっと長い文章で読みたい、などの要望があるかもしれませんが、個人的にはこの作品はこれで十分であるように思います。「のたうち回るずた袋」はたった9文字ですが、そこから広がる情景は文字数以上でなおかつ作品の中で重要な役割を果たしています。少ない制限文字数の中で言葉の選択やその並べ方にレバレッジを効かせて情景を豊かなものにするのは、超短編が最も得意とする技法であるように思います。◎(白)
・一読しただけでは、どちらが悪者なのか分からず、何度も読んでも結局分からず。そうやって悩まされる感じがまた楽しい。(社長)
・この世にはごくごく稀に、世界の何とも関係をもたず、ただ一塊の文章のみでそれ自体が自足している、宙に浮かんだ球体のような小説があるけれど(たとえばゴーゴリの外套とか)、そのたぐいの小説だと思いました。話としてはきちんと筋が通っていて、でも、読み終えてみるとまったく意味がわからない。というより意味がない。だから世界と関係の持ちようがない。たぶん、もの凄く繊細につくられた文章で、その繊細さ故に、触ろうとすればハラハラと崩れ落ちてしまうのだけど、宙に浮かんでいるから誰の手にも触れられない。(S)

『不穏なデート』   葉原あきよ
>手も触れていないのに勝手に開く扉を入ると、首がない人形の列に出迎えられた。

・妖しすぎる男が買ってくれたドレスは、おそらくこのあと出かけるパティーのためのものだろう。だがそのパーティーに出席すのは今の彼女ではなく、きっと別のなにかに変容させられた彼女にちがいない。 (シ)
・リア充なパーリーピーポーに囲まれるとそんな心地になりますよね。カルチャーショックと言えば聞こえはいいでしょうが、埋まらない溝もあることでしょう。さて、ところで彼女はどこから来た人なのでしょうか。(白)
・これはホラーなのか、もしくは主人公のメンタルがヤバイのか……。いずれにせよ、オフショルダーでデコルテが呪文に聞こえるのは重症でしょう。(社)

『よるの階段』   影絵が趣味
> ふと、アパートの外階段を折り返すとき、怖ろしさにとらわれることがあります。

・アパートに着いたときから、部屋に入るまでのわずかな時間の物語。情景描写、心理描写を尽くしてぐぐっと高まっていく恐怖心を描いたところが趣向です。(シ)
・昔は真夜中のトイレは怖かったものですが、今では電気をつけるのも億劫で真っ暗な中で用を足すことに何の抵抗もなくなってしまいました。目に見えないけどそこにいるかもしれない何かを畏れる気持ちは忘れずにいたいものです。(白)
・暗闇というものに感じる恐怖感が、リアルに描かれていると思います。たぶんその部屋にはクトルゥフ的な何かが潜んでいるのではないかと……。(社)

2017年7月18日 (火)

販売員   タカスギシンタロ

 販売員  タカスギシンタロ

 客はショーケースの商品をあれこれ眺めていた。
「これはどう使うんですか?」
 彼女は干しエビを指さした。わたしは白手袋で干しエビをつまみ上げ、説明する。
「そのまま指にはめてピンキーリングとしてお使いいただけますし、シンプルなゴールド・チェーンに通せばペンダント・トップとしても素敵ですよ」
 女性はなるほどとうなずきながらも、ちらちらと別の商品に目をやっている。しかしわたしは気づかないふりをする。
「これはまたずいぶん大きいですね」
「伊勢エビの海鮮蒸しですね。こちらはベルトのバックルなのですが、インパクトのある髪留めとしてご利用なさるお客さまもいらっしゃいます」
 なるほどねと彼女はうなずく。しかし心が伊勢エビにないのは明白だ。
「えっと、あそこにあるあれは……」
「ああ、あちらですか」
 わたしはなるべくさりげないしぐさでぶら下がったエビフライを手にとる。
「良いものですよ」
 そう言いながら彼女の耳に当てる。傍から見てもときめきが伝わってくる。
「実はこれ、ちょっと秘密があるんです」
 衣の一部を外すと、中からほんのり赤みを帯びたエビが現れた。彼女の顔がぱっと明るくなる。鏡を見ながら満足げな様子だ。彼女はぽつりとつぶやく。
「なんだかおいしそう」
 彼女とわたしは笑い合った。
「これ、いただきます」
「ありがとうございます。タルタルソースはおつけしますか?」
「お願いします」
「お箸は?」
「お箸はけっこうです。あ、レシートも」
 彼女はレジ袋をぶら下げ、店を出た。入れ違いに着飾った女性が入ってきた。その瞬間、客の関心がテナガエビにあることを確信する。
「いらっしゃいませ」
 わたしは深々とお辞儀した。

2017年6月13日 (火)

【募集】ホラー超短編


  超短編を募集します。
  東京の三軒茶屋にある「まんがの図書館ガリレオ」で夏に開催予定のホラーフェアの一環として、超短編の募集を行います。大賞受賞作品は素敵な賞品が授与されるほか、ガリレオ新聞に掲載されます。くわしくは募集要項をご覧ください。

■■「ホラー超短編」募集要項

■500文字以内の超短編を募集します。(少しくらいなら字数オーバーしても可)

■募集テーマ:ホラー超短編。広い意味で怖いお話をお送りください。

■選者:タカスギシンタロ・白縫いさや・ガリレオ社長

■各賞:大賞・ガリレオ社長賞・タカスギシンタロ賞・白縫いさや賞

■ごほうび:大賞受賞作はガリレオ新聞に掲載の上、ガリレオ一日フリーパスが進呈されます。また各賞受賞作はガリレオHPに掲載されます。

■投稿方法:件名を「ホラー超短編」として、kotorinokyuden01@mac.comまでメールにてお送りください。作品タイトル、筆名、作品本文をお忘れなく。

■しめきり:2017年7月17日(月)

■発表:7月31日(日)ガリレオHP、ガリレオ新聞、当ブログにて。

※ご投稿いただいた方には三日以内にタカスギシンタロから返信のメールをお送りいたします。返信がない場合は届いていない可能性がありますので、この記事にコメントするか、twitter(@kotorigun)等でお知らせ下さい。

2017年5月23日 (火)

【発表】「もうすぐオトナの超短編」タカスギシンタロ選

◆◆◆作品発表

  「もうすぐオトナの超短編」タカスギシンタロ選の選考結果を発表します。
  最優秀賞・優秀作品の本文は、後日、フリーペーパー「コトリの宮殿」増刊号に掲載します。フリーペーパーを手に入れにくいひとのためには、大きめの画像をブログに掲載予定ですのでおたのしみにお待ちください。
  また優秀作品に佳作を加えた超短編作品集を、2018年に電子書籍として出版予定です。そちらもご期待ください(作者の方々へは編集開始前にまたご相談申し上げます)。
  それでは作品の発表です。記事の最後の方に寸評も掲載しておりますので合わせてどうぞ。


□□自由題部門

□最優秀賞
『素敵なおはなし』   白縫いさや

□優秀作品
『ひも』 山下鏡馬
『日時計の町』   はやみかつとし
『お』   葉原あきよ

□佳作
『誕生』   たなかなつみ
『園』   穂坂コウジ
『龍の鱗』   春名トモコ
『スマホの精』   海音寺ジョー


■■兼題部門(三題噺「広場」「大人」「本」)

■最優秀賞
『謎』   穂坂コウジ

■優秀作品
『朗読会』    春名トモコ
『言わぬが花』   千百十一
『メーデー』   タキガワ
『春の窓』   元木一人
『卒業』   松岡永子

■佳作
『水のみ広場』   といじま
『あいについて』 空虹桜
『ゴクサイコウサテン』   南風野さきは
『快晴のち雷雨の予報』   氷砂糖
『an uprising』   胡乱舎猫支店
『いずれ』   佐多椋


◆◆◆評

□□自由題部門

□最優秀賞

『素敵なおはなし』   白縫いさや
 思えば誰もが世界の紐の「端」なのかもしれない。自分が世界の一部である、あるいは世界そのものであることに気づいたものだけが発見できる世界の端っこ。その端と端がねじれながら結ばれるとき、世界は閉じながら奇妙な美を出現させる。現代の童話ともいうべき素敵なおはなしです。

□優秀作品

『ひも』 山下鏡馬
 目眩がするような魔術的作品で、最優秀作品にしようかと悩んだのですが、いかんせんいくら読んでも読み終わらないし、いまだに読み続けていますたすけて。

『日時計の町』   はやみかつとし
 太陽の季節移動とともに、街そのものが傾斜するという壮大なイメージの作品。影を失うことで実体も存在感を失ってしまう儚い世界にもかかわらず、ゆらゆらと不思議な熱を帯びていて魅力的です。

『お』   葉原あきよ
 おじさんやおじいさんの頭につく「お」ははたして御なのか伯なのか叔なのか小なのか? いやいや「尾」なのかもしれない。頭に尻尾がくっつけば、既成概念がくるっと輪になってひっくり返る。そんな、かわいくもひねくれた快作。

□佳作

『誕生』   たなかなつみ
 人の生は、自分の言葉を獲得しようとした瞬間からはじまるのかも知れない。本作の言葉と自己との強力な結びつきに共感しました。

『園』   穂坂コウジ
 「象の鼻で眠る蛇」とはなんなのか。奇妙な動物のイメージの連鎖が、いつしか官能の世界へと連れて行ってくれました。


『龍の鱗』   春名トモコ
 ガラスでできた桜の花びらの音楽的な響き。そしてその由来がまさか墜落した龍だとは。美しさのなかに静かな恐ろしさも含んだ大きな作品。

『スマホの精』   海音寺ジョー
 スマホの精、何の役にも立たないよ。でもなんかほっとする魅力にあふれた作品です。

■■兼題部門(三題噺「広場」「大人」「本」)

■最優秀賞

『謎』   穂坂コウジ
 この世界には謎がある、あるいはあった、という感覚は誰しも持っているのではなかろうか。しかし通常は日々の生活のなかでその謎が何だったかさえ忘れている。しかし本作ではその謎が、ある日突然、懐かしい顔を見せる。この物語は冒険のはじまりであると同時に死の予感でもあり、つまり超短編的な衝撃に満ちている。

■優秀作品

『朗読会』    春名トモコ
 この作品のカタカナ部分だけを抜き出して読んでみましょう。ココナッツ、アコーディオン、ペンギン、ヤシ、ピンチ、タコ、ペタペタ、ブーゲンビリア……。ほら、読みたくなったでしょう?

『言わぬが花』   千百十一
 ガイドブックの奇妙でほのぼのとした観光案内から、Webマップのストリート・ビューへ移行するやいなや、にわかに世界が不穏な空気感を持って迫ってくる。緩急を生かして見事。

『メーデー』   タキガワ
 すずらんの香りが物語全体を包んでいる。だからすずらんに支配されたこの世界では、その花が鈴の音を鳴らしたとしても全く違和感を感じない。すずらん、そして子どもたちのメーデー。五月のさわやかさが極まった作品。


『春の窓』   元木一人
 この物語にはいくつか不思議な背景がある。なぜ窓の外の広場では焚書が行われているのか。なぜ本が自意識をもっているのか。どちらも幻覚であるとすると、今度はノックもなしに入ってきた母親の存在がにわかに揺らぎ出す。二重三重に幻想の罠が張り巡らされた作品だと思います。


『卒業』   松岡永子
 110文字という短さのなかで破綻なく三題噺を完成させる筆力に脱帽です。タイトルの「卒業」はただの卒業ではなく、ひとつの世界の終わりのように感じます。

■佳作

『水のみ広場』   といじま
 「なんだろう?」と思わせるタイトルで、しかもその名の由来がちゃんと説明されるところに誠実さを感じます。短さのなかに暖かさを感じる作品です。

『あいについて』 空虹桜
 主人公の語りがぐいぐいと速度感を増していき、最後に炸裂するところが快感です。

『ゴクサイコウサテン』   南風野さきは
 風船に満ちた広場の、風船が存在しない空隙の部分が、不思議な存在者として浮かび上がるイメージが象徴的です。

『快晴のち雷雨の予報』   氷砂糖
 お題の「広場」「本」「大人」の使い方が、それぞれ必然的で見事です。大人になれない少年少女が本になってしまう世界が、心にぐさっときました。

『an uprising』   胡乱舎猫支店
 なんだろうこの謎めいた設定は……とぐいぐい引き込まれる作品。半自立行動式の武器がかっこいいです。「大人」の使い方に工夫があります。

『いずれ』   佐多椋
 奇妙な儀式に興味を持ちつつ読み進めたところで、最後の最後に本を括弧つきの《本》にすることで、本そのものの存在を謎めかしてしまうところにぞくっとしました。

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